絶滅危惧種の心意気 お菓子も着物も
「ご注文いただいたら、これから作ります」と千本玉寿軒さん。
隣の茶寮「SENTAMA」では目の前でお菓子を作ってくださってお抹茶が飲めると聞いていました。
時々寄ってみるのだけど、営業時間に行けた試しがなく残念に思っていました。
お持ち帰りでもすぐに作ってくださるなんて思ってもみませんでした。
京都にはたくさんの和菓子屋さんがありますが、作りたての生で売っているお店は5軒ほどしかない、ほとんどが作り置きで冷凍し、その日に売る分だけ解凍して売っているそうです。
そんなこと〜〜〜・・・
冷凍技術が上手くなったとはいえ、手抜き、、 「生菓子」と言うのを出す心意気はないのかとちょっと残念。
京都がそうなったら、日本では本当の生菓子が無くなってしまうと思われました。
「どうしようもないんですよ」ある時、知り合ったお菓子職人さんが言われました。
「職人がいないんです。時間がある時に作っておくしか無理なんです」
・・・・・
事情も知らずに勝手なことを考えていた自分が恥ずかしくなりました。他人に言わなくてよかった〜〜(今ここに買いちゃいましたが笑)
伝統産業では 職人さんがいなくなっています。
いちばん若い職人さんが団塊の世代というのが一般的です。団塊の世代は2025年、後期高齢者になります。これを機に辞められる方が多いと聞きます。
着物も例外ではありません。
たくさんの複雑な工程を経て出来上がる着物はなおさらです。染めたり織ったりする道具や織機の部品を作る人も、もう絶えています。
だからこそ、これからも自分の生涯をかけて着物の製作に真摯に取り組んでいる職人さんを応援したいと切に思っています。
良いものを作ろう
自分にしかできない技術を磨こう
着る人に喜んでもらいたい
着物には作った方たちの「気」が篭っています。
職人さんの仕事は地道です。
ずっと座って、一途に同じことをやり続ける中から素晴らしいものが生まれて来るのです。
その一生懸命な「気」を纏うことこそ、その人の価値を上げるのでしょう。
「山本さんはなぜアンティーク着物をやらないのか」と同業者にも友達にも時々言われます。
人それぞれの考え方があることも認めています。こういう所に書くと顰蹙をかうかもしれません。
その上で、私はアンティーク着物が嫌いです。
身内や知り合いの方のものを受け継ぐのはとても素敵だと思います。でも誰が着たか分からないものを着る気にはなれません。着物はそもそも洋服のように毎回クリーニングするものではありません。臭いが我慢できません。誰かが「もう要らないよ」と捨てたものであり、そういう「気」を持っているからです。
確かに優れた技術で作られた着物が捨てられていく現実に心が痛みます。もう作ることが出来ないものも本当に多いです。でもその部門は他の方にお任せしたいと思います。
私の人生と時間には限りがあって、全てをやることはどう考えても無理です。それなら何に掛けるか、何に集中するかと言われれば、今もこれからも着物を作ろうと頑張っている人と共に、着物を着たい人に繋いで行きたいと思っています。
千本玉寿軒のお菓子の見本を見て、一瞬でこのお菓子を買おうと決めました。
真っ白な雪をイメージしたきんとんは、見た目にもふんわりしていて、派手ではないけれど訴えかけてくるものがありました。
岐阜へ持ち帰り、一人静かにお茶をいっぷく点てました。
大和芋の優しいお味
「作りたての本当の生菓子を食べてほしい」店主さんの心意気が伝わってきます。
お店は古いままで、私の大学時代にすでにこの古さでした。全く変わっていません。でも世の中は大きく変わりました。その中で変わらぬもの、変えてはいけないお客様への気持ちを受け取って嬉しくなりました。
私も押し付けがましくなく自分の軸とするものを曲げずに進みたいと思います。自分の思いを暴露してしまいましたが、これからもお友達でいてくださいね。
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