初めての沐浴(滝行)体験☆奈良、吉野修験体験5
初めて沐浴(滝行)をやるつもりできたものの実感が湧いていませんでした。滝行とは滝壺に入って山から流れてくる水をかぶるイメージで冷たい水にガタガタ震えるイメージでした(笑)上から一筋の流れる水にどうやってやるのか興味津々で見守りました。
沐浴は日本では神道で滝や川に入って身の汚れを落とすために禊をするのも、神社の境内で手を洗い口をすすぐのも沐浴の一種です。日本に仏教が伝来し、お寺に沐浴施設ができて開放されたのが入浴の風習になったとも言われています。
下に水着を着て、白い腰巻を巻き白装束を羽織り一列に並びました。
1人1巻ずつ般若心経を読んでくださる間、滝に打たれます。実際に自分がやるまではとても長そうに感じたのですが、やってみるとまだまだそのまま居たい気持ちがしました。
何も考えず、ただただ水の音と水が体に落ちてはじけ飛ぶ音に包まれていました。般若心経に合わせてみんなが鳴らしてくれる錫杖の音が少し遠くで応援していてくれるようでした。
終わった後の体は冷えていましたが、気持ちは爽やかで少しするとぽかぽか暖かくなってきました。
今回、汚れ(穢れ)の意味を間違えていたことを教えていただきました。
汚れとは「気枯れ」
新しいものは古くなり、人間の内面も生きているうちに純粋から不純へと変わり、悪習や悪徳に染まることもあります。生命力が枯れてしまう事が本来の汚れなのだそうです。
お葬式に出席した後に穢れを持ち込まないようにと、家に入る前に塩で清めてから入っていました。でも父が亡くなった後、身内を亡くした寂しさこそあったものの汚れたという感覚はありませんでした。ただ、生命力が枯れただけなのですね。そういえば、以前は香典のお返しにお塩が添えられていましたが、今はほとんど付いていません。
一方、生まれたばかりの赤ちゃんをベビーバスなどで身体を洗うことを「沐浴」と言います。細菌などに抵抗力がないので、1ヶ月くらいはお風呂で入浴させず別にします。やはり清めるという意味を持っているのでしょうか。
香を焚いたり、塩で清めたりしますが、沐浴もその一つです。ヒンズー教やイスラム教でも沐浴をして浄化します。キリスト教でも洗礼を受けるときは水で清めます。
神社の鳥居の前にも手水舍があり、両手と口をすすぎ魂を清めます。
古今東西、透明で純粋な水は魂を清め、生き返らせる力を与えてくれると信じられているのですね。
水に打たれて、とてもすっきりした気持ちになりました。なかなかできない経験でした。
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