西欧と日本、衣服も庭園も考え方は同じ☆征服したい西洋VS自然と共生する日本
京都さんぽ
「衣服もお庭も同じ考え方なんだな〜」
日本文化を知るために西欧の文化と比べてみると、モノは違ってもその根底に流れている考え方が同じであることに気付いて面白いです。
日本人はモノにも命があると考えてとても大切に使い回し、捨てる時にも「ありがとう」とお礼を言って供養したりします。
着物も布をできるだけ切らずにそのままに縫製します。
ですから、単にも袷にも、大人のものを子供にも、お布団にも仕立て変えることができるのです。
その感覚を大切にしてきた私にとって、
布を切り刻んで不要な部分は初めから捨ててしまう洋服の縫製は「なんともったいないことをするのだろう」と思っていました。
しかし、それは美意識の違いだということが理解できました。
例えばベルサイユ宮殿は不毛の広大な地に立派な宮殿を建て、川まで引き込んで受けや噴水まで作りました。
それは自然を征服することが権力の証です。
同じように人間の肉体はギリシャのスポーツ選手の力強い筋肉質な身体への憧れです。
ですから衣服によって肉体の形を忠実に再現させようとしました。
上半身は肩の線から筋肉に沿って布で再現したのでした。
それは「老いの衰え」に強く抵抗したい征服者の願いでもありました。
農耕民族である日本人は自然と共に暮らして来ました。災害の多い日本ではどれだけ抗っても何ともならないことを身に沁みて知っています。
自然に畏敬を持ち、共生する事こそ生活の基盤となりました。
京都の庭園などでみられる「借景」の庭園はまさにその美意識です。
狭い庭園も自然にある山や木を庭の背景として取り入れることで、奥行きを増し深みを添えます。
京都の代表的な「借景庭園」円通寺のお話はこちらも見てください。
北野天満宮の梅、円通寺のサツキ☆「品格の教科書」P60 事をうまく運ぶために「間」を見計らいなさい
まさに民族の成り立ちによる美意識や求めるもののの違いです。
その違いを理解した上でも、日本贔屓な私は
「日本人って、モノにも自然にも、なんて優しいんだろう」
「モノを大切にする知恵や技術を磨いてきた歴史がある」と誇りに思うのです。
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