お土産の習慣は千年前から、阿闍梨餅を買いに☆「くれもえの会」創設8
帰りには、みなさん大好きと言われた満月さんへ「阿闍梨餅」を買いに寄りました。
京都駅やデパートでも一時は長蛇の列ができ、品薄の時もありました。なかなか本店を訪れることはないので、お土産を買いに寄りました。
ほぼ、阿闍梨餅だけの単品が中心のお店ですが、重厚で大きなお店です。お客様がひっきりなしに来店されて賑わっていました。
日本人にとって「お土産」は千年以上も前からの習慣です。
当時の土産は「つと」と呼ばれ日本最古の歌集「万葉集」にも書かれています。
やがて「土産(みやげ)」と呼ぶようになりますが、当初は「宮げ(普通に使わない字なので探してもありません^^;)」と書いた。「げ」は入れ物の意味で、神霊を入れる容器や容器のなかに入れたお札の貼られた板を指しました。
つまり、神社をもうでた人がご利益を持ち帰り、家族や選別をくれた人たちに配るのが本来の土産だったようです。
「土産」と言う字を当てるようになったのは室町時代以降のことで、その土地の名産品を買う習慣が生まれました。
神社の近くには様々な店が並ぶようになりました。門前町の歴史って長いんですね。
京都でも八坂神社の南門の鳥居の内側にある「中村楼」はこの頃(室町時代)の創業で、なんと創業480年にもなります。
以前は、手軽に玄関脇の風情ある二軒茶屋で田楽豆腐を食べるのが楽しみでした。田楽というと簡単にできそうな料理なのですが、ここの田楽はやはり歴史の深みがあります。
「この味にはならんわー」
おばあちゃんと京都へ行くとおばあちゃんのリクエストでいつもお昼にはこの田楽を食べに行ったものです。
山本呉服店は明治23年まで呉服屋と料理旅館を併設していました。おばあちゃんはその名残で、特に木の芽時には田楽はよく自分でも作っていました。ある意味、プロだったのですが、室町時代から支持されていた味に、唸っていました。
今はお料理は建物の中で、茶屋では抹茶、甘酒、おしるこ、各種甘味、軽食、茶屋ソフトクリームなどが楽しめます。
土産を買って帰ってきた日本人習慣は遠い先祖から受け継がれてきたものです。旅行する機会が増えても簡単に止めるわけにはいかないようです。
1000年の習慣はもはや日本人のDNAレベルかもしれません。
つづく
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